バスを降りて、ねむの木のこどものお店を横目に、初めての学園内へと坂をくだってゆく。
あたりにはキンモクセイの香りが優しく漂っている。学園内は見学が予約制のため、足を踏み入れるのは初めてなのだ。
目の前に広がる運動場は想像以上に小さい。芝生がふかふかと子どもたちの体に優しい造りになっているようだ。
受付をすませ、テントの下に並べられたパイプ椅子に座る。運良く日陰側の前から2列目に座ることができた。
開催時間まで1時間弱あったので、敷地内を散策した。
満開のコスモス越しに見る虹と学園。なんて、きれいな世界なんだろう。
階段を上って、子どもたちが暮らしたり、学んだりしている建物を見る。白い壁にはまり子さんや子どもたちの描く絵。
色は明るい色オンリー。大好きな傘が描かれていたり、猫や鳥やまり子さんが描かれている。
一番可愛いなあと思って見とれていた建物から、最年少かと思われるかわいらしい女の子が車いすにひかれて出て来た。
手には真っ赤な帽子。なんて、可愛いの・・そう思っていたら、しばらくしてまり子さんも車いすに乗って
出ていらしたのである。真っ赤なワンピースに白いコート。赤い帽子はまり子さんのものだった。
まり子さんは本当にセンスが良いと思う。それは、いつもいつ見ても思う。色使いが本当に素敵。
出て来るなり私たちに向かって笑顔でご挨拶してくださった。私も目があって、にこっとしていただけて、
それだけで嬉しかった。ちょうど1年前、瑞浪の美術展ではまり子さんは急遽入院してしまい、お姿を見られなかった。
体調をずっと心配していたので、真っ赤なワンピースに満面の笑顔を見られて心からホッとした。
大ファンであるつとむさんがコスモスの花束を抱えて歩いて来た。
つとむさんに抱かれたコスモスは生き生きとして楽しそうに揺れて見えた。
お母さん(まり子さん)への愛が一本いっぽんにつまっているのを私も知ってるから。
つとむさんに笑顔で目線を送ると、「ああ」というお久しぶりです的な表情を作ってくださって
笑顔を返してくださった。「今日がんばってくださいね」と言うと「ありがとうございます」と返してくれた。
つとむさんはサービス精神があるのでしょう、いつも、あなたのこと覚えてますよ、という表情をくださるのだ。
席につくと、まり子さんは端から端まで車いすに乗ってご挨拶に来てくださった。ユーモアを交えたご挨拶が続く。
まり子さんの開会のあいさつがすむと、聖火ランナーが元気よく走って来た。あれは、たぶんミサちゃんだ。
クリスマスイブの日にお父さんに連れられてやってきた5歳の女の子。ミサちゃんが笑顔で聖火ランナーをしている・・
私はもう感激で胸がいっぱいになってしまった。
選手宣誓はいつもコーラスで美声を放つ愛ちゃん。美しい絵を描く愛ちゃんだ。
子どもたちも職員さんも男子も女子もみんな白い体操着に白いハイソックスに白い靴。
ピンク色のおおきな旗をはためかせる団体演技。みんなでのコーラス。
「スラローム」という電動車いすの競技では、一般のお客さまも参加。普段乗り馴れている子どもたちは速いはやい!
一般参加者は悪戦苦闘。子どもたちも嬉しそう。
お姉さんのダンスでは真っ赤なポンポンを持った職員のお姉さんたちが車いすの子どもたちとダンス。白と赤が奇麗。
「ある村の物語」は舞台でも見たことがある。水色の大きな布を使って水を表現したり、
グレーの大きな布を使って嵐を表現する。見る人の想像力をかきたてる演出で、物語に引き込まれる。
ここでランチタイムにはいるのだが、「ビューティフルサンデー」のBGMに合わせて、コック帽をかぶった職員さんが
パステルカラーの一輪車に子どもたちを乗せて登場し、お昼のメニューを紹介するという演出。
これには骨抜きになるほどメロメロになってしまった。まり子さんの作り出す世界が、やはり、好きだ。
ねむの木の運動会では、なんと無料でお弁当が配られる。それも手作りの(昔に出版されている本を読むと、
まり子さんも一緒に作っている写真がある)。お茶も、デザートとして地元名産のあんこ餅までいただけた。
美味しいという評判を聞いていたが、本当に想像以上に美味しかった。ゆったりととられたお昼ご飯タイムでは、
子どもたちは運動場の芝生で私たちと一緒に食事をした。私は、美術展での彼らしか接したことがなかったので、
一緒にお弁当を食べられる、しかも同じ物を食べられるのが嬉しくて、感慨深かった。
食事の時間もまり子さんは子どもたちに話しかける。子どもたちも応える。
いつだってまり子さんは子どもたちのことが最優先だ。若い女の子がまり子さんに熱心に話しかける
(恐らく最近ファンになったのかな?私もかつてはそうだったから)が、そんな最中にもまり子さんは
子どもに話しかけ、まり子さんとお話をしたいその女の子や後ろに並んでいた人たちを置いて、
まり子さんは子どもたちのところへ歩いて行かれた。
お弁当は竹に入れられている。そのお弁当の包み紙。
ゆったりとしたお昼休みが終わると、着物と袴に着替えた職員さんがお点前の道具を静々と迅速に運び、
整ったところで同じく着物と袴に着替えた子どもたちが登場。そして、いつものようにお茶を点て始めた。
私は過去3回お茶を点てていただいたのだが、3回ともつとむさんだった。つとむさんの所作が美しくて、
この日もつとむさんの手元に釘付けだった。美しいだけでなく、心が込められているのが伝わるから。
お手前が終わると、今度は「赤い風船」。赤い風船を左手に持ち、右手に木製の鴨のおもちゃを引き、
大きな赤い帽子をかぶったやっちゃんがゆっくりゆっくりグラウンドを一周する。
それに合わせてまり子さんが詩を朗読する。そして、まり子さんが風船を空に飛ばす内容を話すと同時に
やっちゃんの手から赤い風船が空高く飛んで行く・・・なんて詩的で叙情的でかわいい演目なんだろう。
子どもの頃言葉を持たなかったやっちゃんがたくさんの訓練により「ま・り・こ」と声にならないような声で
ようやく口を動かした場面を思い出し、そんなやっちゃんがまり子さんの話す内容に合わせて
赤い風船を絶妙なタイミングで空に飛ばしたんだ・・・と、私の胸は感動でいっぱいになった。
そして、この運動会の演目の中で一番忘れられない情景となった。
赤い風船見えるかな?(右上)
シャボン玉が飛ぶ中、花嫁?を乗せた花車がさっそうとやっちゃんを追い抜いてゆく。なんてメルヘンチックな世界観。
「障害物競走」では、木で作られた森が登場し、手前にも3本の木(右端)が置かれ、
こういうセットにも手を抜かないところがすばらしいと感心していると、
職員さんたちがいつの間にか森の木の後ろにまわり、動物たちとなって競技をする子どもたちを応援し始めた。
オリジナルの楽しい歌に乗せて左右にゆれる動物たちがかわいくて、のどかな障害物競走だった。
「リレー」では子どもたち全員と職員さん全員が参加。それはそれは、熱い戦いで、
見ている私たちまで心から声援を送っていた。ピンクのたすきをかけたつとむさんも声を張り上げて応援していた。
としみつさんの「雪だるまの赤ちゃんエーンエーン」の絵が描かれた赤い傘で踊る演目も、目に鮮やかで、
赤い傘が大好きな私は、またもまり子さんのセンスにしびれてしまった。あの赤い傘が欲しくて、
お店を見たけれど、販売はされていなかった。
閉会式では、運動会を開催できたことの喜びと感謝のことばがまり子さんからも、つとむさんからも伝えられられた。
子どもたちからまり子さんへの歌のプレゼントもあった。
とにかく、まり子さんと子どもたちの信頼関係に揺らぎがなかった。45年、ずっと。これかも、ずっと。
閉会式が終わると、つとむさんがまり子さんにコスモスの花束を渡した。
いつでもお母さんに感謝の気持ちでいっぱいなのだ。
つとむさんはファンに囲まれるまり子さんに花束を渡せるタイミングを優しく計っていた。
後ろでとしおさんやとしみつさんも笑顔で見つめる、きよみちゃんやたけちゃんや名前を知らない子どもたちも
みんな見守っていた。
お土産として、ミスドのドーナツふたつと熱々の焼き芋までいただいた。
空には虹、白い子どもたちには赤い帽子、赤い傘、ピンクの旗、客席の後ろには色とりどりのコスモス・・・
校舎の横には赤いねむの木の花、まり子さんが出ていらした玄関の横にも赤い花がさりげなく、
喫茶MARIKOへ向かう途中の池には美しい白鳥が1羽、喫茶MARIKOのピンク色のカーテンはオリジナルの生地、
美術館の横には白い荷車、キンモクセイの香りにつつまれて・・・すべて、まり子さんの美意識によるもの、
子どもたちの創作意欲の礎やきっかけづくりに計算し尽くされ、深い愛情がないとここまでの環境を作り上げるのは
難しいと感じた。とにかく、「素敵な」と思ったら、取り入れる、そんな精神を隅々に感じられて、
子どもたちが素晴らしい作品を生み出すことができるのも納得できた。
バスの内装も今は色がはげてしまっていたが、オリジナルの絵が描かれたピンク色の座席カバーと座席の色が
とっても奇麗だったんだろうと想像した。こういうところにもまり子さんのセンスが光っていた。
まり子さんの本を読んでいて、子どもたちの服装や環境にかなりの美意識をもって取り組んでおられるのを
知っていたけれど、実際に学園に足を踏み入れるとそれが本当によくわかった。
とにかく、ここは素晴らしい場所だ、訪れる度にいつも思う。
・・・これが、ねむの木学園の運動会か。
まり子さん作、演出による運動会は、静と動とまるでミュージカルを見ているような
エンターテインメント性のある素晴らしい舞台だった。私は終始溢れ出しそうな涙をこらえていた。
あんな美しい世界でいきいきとしている子どもたちを見て、ずっとずっとあの学園は続くのだろうと確信を持った。
また必ず運動会に行きたいと思う。
レモン糖度 100